マーケット感覚を身につけよう---「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法

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- Author: ちきりん
- ASIN: B00TPC8JXE
- Reference: https://www.amazon.com/dp/B00TPC8JXE
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Highlights
しかしさきほど示したように、顧客がANAの提供価値を購入するリアルな現場を想像すれば、容易に異なる発想を得ることができ
マーケット感覚とは、その市場
で取引されている価値が何なのか、感覚的に理解できる能力のことでもあり
米にはスイカにはない価値がある
自分が売っている商品名は言えても、売っているものの価値を正しく認識できていない人はたくさんいるの
今後、国内での自動車販売数を再び増加させるために必要なのは、「よりよい車の開発」ではなく、「車が提供できる価値の再
クラウドソーシング市場では、単価の高い仕事に必要なスキル、資格や経験が、極めて具体的に開示されてい
たとえば再販制度のある日本では、書店が書籍を自由に値引きすることはできませ
こうして各地にバラけていたローカルマーケットは、日本や世界といった、より大きな単位での市場に統合されます。そして新たに統合された市場には、これまでとは異なる序列が出現するの
今は世界で何番目なのか、世界シェアはどの程度なのか、と問われ
市場参加者が大きく変わったとき、ゲームのルールがどう変わったのか。それを見極める
よい商品を作れば売れる」などと言っていては、マーケット感覚の欠如を露呈するだけです。
過払い金が戻ってくるかもしれませんよ!」と呼びかける広告を大量に目にするようになりましたが、これは、弁護士が仕事(依頼者)を探すために出している営業広告です。
極めて似たような労働環境に苦しめられているその理由は、ふたつの市場の需給バランスが似通っているからなの
その子が働いている間ずっと、今の需給バランスが続くかどうか、誰にもわかりませ
技術革新のスピードが緩やかだった時代なら、 10 年かけて特定分野の技術を磨くのもよかったのでしょうが、これからはそんなやり方は通用しませ
インドネシアは一例なので他の国でもいいのですが、供給の少ないもので、強く求められるものは何か、と考える癖をつけると、「とりあえず英語」という一種の思考停止からも脱却できるようになるはず
「老後には何千万円かかる!」と不安を煽る記事を書いている人は、あなたの老後の心配をしてくれているわけではなく、単に貯蓄市場の広報係に過ぎない
ため援助を勝ちとるには、マーケティングやコミュニケーション・ストラテジー(PR活動)が極めて重要
だから寄付を募る側は、一生懸命「私こそ、寄付を受けるのにふさわしい人物です!」とアピールします。そういう人と、私的援助をしたい人がマッチングされる。これはまさに市場です。 このように、一見、市場という言葉とは無縁に見える寄付や援助の分野でも、市場メカニズムはしっかりと働いてい
従来は価値があると認められていなかった(テレビの前の一言コメントのような)ものにも、価値が生まれつつあり
おそらく今後は、友人にも家族にも打ち明けられない悩みを聞いてあげるだけ(何のアドバイスもせずに聞くだけ)といった職業も、出てくるのではないでしょうか。
その説明の合理性ではありません。説明を聞く前から、顧客側が「この人は、私が信じられる人だ」「この人は、自分に合う商品を理解してくれている」と感じていることが重要なのです。
多すぎるほどのモノやサービスが溢れている先進的な消費大国においては、「誰かに選んでもらうという価値」は、今後ますます重要になります。
店側が売っているのは商品ではありません。売られているのは、「商品選択のセンスと、そのセンスに合った商品を揃える手間」です。セレクトショップの顧客は「自分の価値観に合ったものを選んでもらうという価値」に、お金を払っているの
これから重要になるのは、「自分は何を売っているのか」「何を買っているのか」について、意識的になることです。糸
不妊治療のステージ別必読本リスト」を作れば、きっと多くの人にとって価値があるだろうと気がつくマーケット感覚
書店は、本ではなく、「本を選んであげること」を商品にしたほうが
一般の女子大生や会社員、主婦でも「自分のファッションセンス」を売ることができるようになります。
世の中で最も多いのは「普通の人」であり、一番大きな市場は「普通の人をターゲットにした市場」です。だから、自分が「普通であること」の価値を、過小評価する必要はまったくないのです。
マーケット感覚が鋭くなれば、銀行員として働く優等生だった昔の同級生より、コンビニでバイトをしている自分のほうが、よほど世界で売れる経験とスキルを蓄積しているとわかるはずです。
市場として大きく育てたのは、最初にモノや制度を作った人ではありません。途中で、その潜在的な価値に気づいた人なのです。
しかし世の中には、相場的には割高でも、自分にはそれだけの価値がある、というモノもあれば、相場からみれば格安でも、自分には不要という物もあります。それなのに「相場の価格」にこだわっていたら、本当に欲しいモノは手に入らず、反対に、たいして欲しくもないモノを高い値段で買ってしまうことにもなりかねません。
値札がなくても、価値あるものは自分で評価・判断できる能力を身につけないと、ごく身近に大きな価値の源が転がっていても、それに気づくことができません。「
自分なら本当に「金のために」そんなことをするだろうかと。そして、お金以外に動機があるとすれば、どんなものがありえるだろう
自分の欲しいものがわからなくなってしまうと、(市場にいる)他の人が欲しいものを理解するのも難しくなり
「皿洗いがしたくない」と口に出すのを、ワガママだ身勝手だと責める社会からは、新しい価値は生まれません。私たちはもっと「こんなモノが欲しい!
どうやったら強権を発動せず(=規制を強化しなくても)、
が自分から動くようになるだろ
路上で歌うにはどこかの許可がいるのでは?」と最初に思う人は、「規制脳」という病気にかかっています。 確かに駅構内など許可が必要な場所もあるでしょう。
つまり組織における意思決定では、商品や意見そのものではなく、誰がそれを提起したか、誰が主張したか、誰が賛成したか、によって、大きなハンディが付けられるのです。
も使ってくれないかもしれないけど、とりあえずアプリを作ってみる人、誰も買ってくれないかもしれないけど、とりあえずイラストスタンプを作ってみる人、成功するかどうかわからないけど、とりあえず起業をしてみる人のほうが、「やってみて決める」世界では、チャンスをつかみやすいのです。
しかし、失敗は悪いことだという認識自体が、もはや時代遅れです。
個人の成長も技術の進化も同じです。「失敗する可能性の高いことはやらない」という考え方は、進歩を止めてしまうのです。
最初のステップである「学校での学び」を延々と続け、いつまでも「市場での学び」というふたつめのステップに移行しない人がいます。
勉強が足りないのではなく、市場での実践経験(失敗から学ぶ経験)が足りないのです。
特に、失敗を成功の反対概念と捉え、避けるべきものだと考えていると、失敗を怖がるあまり、市場での学びのプロセスになかなか踏み出せません。結果として「できるようになるまで学校で学び続ける」とか、「できることしか、実践しない」人になってしまいます。
小さな子供のいる主婦の私は、家の中をずっと動き回っているので、こんな電気膝掛けは役立たない」という反応がありました。私はこれをきっかけに、「この電気膝掛けは、同じ場所にずっと座っている受験生やプログラマーに特にお勧めです!」という一文を追記しました。立ち仕事の多い主婦に使いにくいという意見は、反対からみれば、動きの少ない人に最適な商品だということです。だったらそこを強調すれば、売れやすくなるだろうと学べたのです。
自分には何の取り柄もないと思う人ほど、早めに市場に向き合い、積極的に市場から得られるフィードバックを活用しましょう。「
とりあえずやってみる 失敗する 市場からフィードバックを得る それを参考にして、もう一度やってみる」というプロセスをできるだけ何度も繰り返すことが重要なのです。
自校は誰に、どんな「価値」を提供すべきなのか、自分たちの提供価値についてしっかりと考える必要があるのです。
の常識で「この業界は守られている。安心だ」などというのは、まったくアテになりません。
そんなことより、変化は恐れるものではなく、楽しむものなのだと身をもって教えてあげましょう。
ひとつは、ワクワクしながら自分自身もその変化を楽しんでいる人、もうひとつは、日々伝えられる変化のニュースに不安を深め、どうやって自分と家族を守ろうか、戦々恐々としている人たちです。
ふたつのグループの根本的な違いは、いち早く変化の兆しに気づき、新しい世界で価値を提供する方法を、市場から(失敗しながら)学ぶことができるかどうかです。